news service portfolio blog

Smart Learning Environments for the Futureとは? 後編 - フィンランドEdTech #5

前回の記事でご紹介したように、フィンランドでは、6Aikaという枠組みのもとでいくつかのプロジェクトが進められています。そのひとつに、Smart Learning Environments for the Futureがあります。これは、特にスマートラーニングの製品やサービス、技術を開発するEdTech企業が、開発段階でユーザーと共創することをサポートするプロジェクトです。
前編では、Smart Learning Environments for the Futureの開始の背景や、目的と概要を解説しました。
後編となるこの記事では、Smart Learning Environments for the Futureの具体的な進め方や、具体例を詳しく解説し、今後の課題について述べます。

今回扱う内容

・Smart Learning Environments for the Futureのフレームワーク
・Smart Learning Environments for the Futureの具体例
・Smart Learning Environments for the Futureの抱える課題

プロジェクトの流れはどうなっている?

Smart Learning Environment for the Futureでは、共同開発・試験的導入のプロセスとして3種類のモデルが用意されています。このモデルは、学校・行政・企業のうちどの主体のニーズを起点とするかによって使い分けられ、あらゆる主体のニーズを汲み取れるようになっています。全てに共通するのは、明確なアイデアとスケジュールが求められる点です。

以下では、それぞれのモデルについてご紹介していきます。

Challenge-based モデル

Challenge-basedモデルでは、学校のニーズが起点となっています。プロセスとしては、まず市のプロジェクト担当職員と学校の教師が協力して課題を発見し、それに対する解決策となるサービス・製品の提案をプロジェクト担当職員が企業から募ります。続いて応募の中から投票によって選出された企業が、実際の共同開発に進みます。ヘルシンキ市では、この投票に小学校と中学校の教師と生徒が参加できます。この投票制度により、実際に製品をの利用者となる教員や生徒の意見が取り入れられる仕組みになっています。

開発にはアジャイル型の方法が採用されています。期間は3-4ヶ月と定められており、企業はこの期間内に学校や教員、生徒などのエンドユーザーと製品開発を進めます。
試験的導入を始める際には、目的、責任の範囲、スケジュールの3点について学校と企業の合意が必要になります。試験的導入を通じ、企業側が得られるメリットには以下のようなものがあります。
1.ユーザーからのフィードバックと顧客への理解
2.新たなパートナーの獲得
3.市による支援
4.市のイベントやコミュニケーションチャネルへの参加権
5.ヘルシンキ市のネームバリューを2年間宣伝目的で活用できる権利
6.公共機関への製品導入とその契約方法に対する理解
7.他の企業との意見交換の機会

企業側にとって、これらのメリットは製品開発や潜在顧客の開拓の面で大きなインパクトがあると言えるでしょう。
また、学校側にとっては、開発初期から共同開発の終了後まで投票や審査をする制度を通じ、製品のコンセプトやユーザビリティに自らが抱える現場レベルのニーズを反映させることができるという利益があります。

このモデルにおいては通常、企業には少額の金銭的な補助が行われます。これまで、Helsinki, Oulu, Turku の3都市で、補助金付きのプログラムが実際に行われています。

Stand alone-pilotsモデル

Stand alone-pilotsモデルは、市や学校などが、すでに特定の領域で顕在化したニーズを抱えている場合に採用されます。例えば、学校給食の二酸化排出量を計測するためのソフトウェアを開発したい、市立美術館で昔の都市を再現するARの展示を作りたいなどの要望に基づいている場合です。そのニーズに対し、企業は解決策を提案し応募する入札システムが採用されています。Challenge-based モデルと異なり、共同開発・試験の期間は特に指定されていません。これまで、Helsinkiの1都市のみで採用実績があります。

Customized モデル

Customizedモデルは、企業のニーズを出発点にする採用されます。企業が製品やサービスの開発に学校側の意見を反映させたい際に、市のプロジェクト担当職員を仲介にして共同開発への参加を希望する教員をマッチングするという方法です。共同開発・試験の期間は特に指定されていません。
このCustomized モデルの中でも、特にHelsinkiで採用されたモデルはEACモデル(Easy Access Co-Developing Model)と呼ばれています。EACモデルは、企業がヘルシンキの小中学校での試験的な導入を、製品開発の初期段階で可能にするために設計されています。共同開発の期間が最大1年度と定められており、共同開発期間中には、企業の代表が毎日の学校生活を観察することができます。導入においてその責任は市のプロジェクト担当職員ではなく、企業と学校の教師側にあります。また、共同開発において個人情報の利用は禁止され、共同開発後も学校は共同開発した製品を購入する必要はありません。このような条件によって学校側の協力の敷居は下げられていると言えるでしょう。

Smart Learning Environmentの具体例

以下では、これまで紹介してきたような仕組みを用いて行われてきたプロジェクトの具体例をご紹介します。

ARを用い1878年のヘルシンキを再生する

このプロジェクトは、Stand alone-pilots モデルの代表事例であり、Smart Learning Environments for the Futureの特徴である、プロジェクトの主体と参加企業の密接な関係に基づく共同開発を有効活用した事例と言えます。

プロジェクトの概要

「1878年のヘルシンキの町並みをARで再現する」というプロジェクトです。このプロジェクトには、ヘルシンキ市立美術館とExove DesignとZoanという2つのデザイン会社が協力しました。

プロジェクトの流れ

この取り組みは2018年の初旬、Smart Learning Environments for the Futureのサブプロジェクトの一環として、ヘルシンキ市立美術館が主体となって始まりました。
最初のステップは、ARの学習環境を開発できる企業を募集するところから始まりました。応募した企業は美術館とSmart Learning Environment for the Futureのスタッフとのミーティングに招かれ、デジタルコンテンツ制作会社のExove DesignとVR・AR制作会社のZoanという2社が選定されました。
その後、共同開発のフェーズでは、市立美術館と2社が密接に開発プロセスに関わりました。また、実証実験のフェーズでは、ヘルシンキ市内の学校に通う子供たちからのフォードバックの機会が設けられ、生徒たちからの素直で率直な意見や感想が開発に反映されました。こうした過程を経て完成した製品は、1878年当時のヘルシンキの街並みを模したジオラマと、それに対応したAR機能を組み合わせたものとなりました。このプロダクトでは、ジオラマに再現された街並みをARによって歩き回って探索するような体験ができます。その中で、ヘルシンキの昔のホテルや駅の様子を見学したり、水道の建設や農場での仕事を体験したり、ヘルシンキにまつわる伝承を知ることができます。こうした斬新な展示を通し、子供たちは自分たちの住む街の歴史について興味をもち、理解を深めることが期待されています。

注目ポイント

注目すべきポイントの1つ目は、参加企業選定のためのミーティングです。このミーティングでは、プロジェクト側が書類審査で一方的に企業を選ぶのではなく、企業側が初期構想をプレゼンテーションし、それに対して美術館、企業、スタッフの3社がそれぞれ意見を出し合うという形式で行われました。それにより、市立美術館や市のプロジェクト担当職員は、様々な提案を受けることで、ゲーミングを利用したソリューションの様々な可能性に気づくと同時に、企業側の多様な熱意を直接聞くことができました。また参加企業にとっても、プロジェクトに対するプランや熱意を直接話し合う機会を与えられたことで、満足度も高まったと考えられます。異なるアクターが長期的に協働する際には、このような対面コミュニケーションでのチーム作りが効果的なのかもしれません。

2つ目のポイントは、開発段階においてプロジェクトの主体と参加企業が密接に関わり会うことができる点です。例えば美術館側の担当スタッフだったAnna Finnailä氏は、「プロジェクトのおかげで、簡単に企業との共同開発を実現できた。これまでも共同開発はしたことがあったが、これほど企業と密接に関わる共同開発は初めてだ。パイロットがあったからこそ、新しいパートナーを探し、新しい内容を開発することができた」と語っています。新しいパートナー探しが容易になり、企業と深く関わり合いながら共同開発を進めることが可能になったと言えるでしょう。
また、企業側にもポジティブな効果があったようです。Exove Designのデザイナーを務めたMarkus Aranko 氏は、「美術館の知識という強みとExove Designのデザインと技術力という異なる強みを生かし合うことで、新しい強みを作ることができた。」と話しています。

プロジェクトの結果

プロジェクトの共同開発により、1878年のヘルシンキを再現する製品が完成しました。プロダクトは美術館に展示されて多くの子供達の興味を誘いました。
またここから派生して、Exoveは"1878"と題するゲームが開発されました。このゲームは2018年にはGrand Oneコンテストの"Best use of new technology"部門においてファイナリストにノミネートされるほどの成長を見せました。

3D Bearが開発するのは、子供たちが3Dコンテンツを簡単に作成できるアプリです。子供たちは、熊やカボチャなどのキャラクターや四角や丸などの形を、アプリの空間上に配置することができます。キャラクターの色やポーズは自由に変えることができ、オリジナルのデザインを作りながら子供達が創造性を発達させることができるとされています。さらに、作ったデザインを写真やビデオに撮ったり、3Dプリンターで印刷することもでき、デザインに込めた感情やストーリーを実物として表現し、親や友達に伝えることも想定されています。このアプリを通じて、子供たちは3Dコンテンツの作成スキルだけでなくストーリーを他者に伝えるスキルを養うことができるのです。また、生徒の心のケアの手段としての利用も想定されています。
3DBearは、Smart Learning Environments for the Futureを通じて学校での実証実験を行いました。アプリを使用した生徒からのフィードバックを直接得ることで、子供達のつまづきやすい点を発見し、アプリの改善に役立てることができました。

3DBear

3DBearは、Smart Learning Environments for the Futureに参加し、試験的運用の中で顧客からのフィードバックを効率的に得た企業といえます。

企業概要

3D Bearが開発するのは、子供たちが3Dコンテンツを簡単に作成できるアプリです。アプリの操作を通じて、子供たちの創造性を発達させると共に、自分の感情を他者に説明する力を養います。
詳しくは前回の記事を参照してください。

プロジェクト概要

3DBearのARのアプリを、生徒の心のケアに使いたいというニーズに合わせて開発するプロジェクトです。

プロジェクトの流れ

このプロジェクトは、2018年10月から2019年3月にかけて行われました。実証実験には20人の小学校1,2年生の生徒、心理カウンセラー、学校の学芸員が参加しました。
精神的なケアのためには、前提として生徒の心情をカウンセラーが把握することが必要です。最も一般的なアプローチは問いかけや語りなど言葉でのコミュニケーションですが、それにARを活用できないかというアイデアが元になっています。

この実証実験では、生徒がARアプリを通じて自分の感情を表現するというグループワークが行われました。アプリの中ではある場面を言葉だけでなく3Dオブジェクトを用いて描写することができます。ある生徒はいじめの様子を3Dモデルを通して表現し、ある生徒は恥ずかしさの感情を表現しました。
3DBearは、Smart Learning Environments for the Futureの実証実験は、一般的なものよりも契約が簡単でフレキシブルであり、低いハードルで行うことができたと述べています。

フィードバック

実証実験の結果、3DBearはポジティブとネガティブ両面のフィードバックを受け取ることができました。
ポジティブな面としては、生徒たちが3DBearを楽しみながら活用していたことが挙げられます。アプリは生徒たちが直感的に使用できるものであり、また同時に学校の心理カウンセラーも簡単に操作できることが証明されました。
一方で、ネガティブな面のフィードバックとしては、グループワークでの利用における改善点が露呈しました。グループメンバーのペースにばらつきがある場合に調整が難しくなること、生徒へのガイダンスをより明確にする必要があることなどです。この経験を通し、3DBearは得られたフィードバックを活用し、製品に様々な変更を加えることにしました。例えば、1時間の授業を想定したより明確なガイドラインを定めました。

3DBearの現在

3DBearはフィンランド、アメリカをはじめとする50ヵ国約1万クラスで利用されています。さらにGoogle for Eduation、Microsoft in Education Global Trining のパートナーとなっており、Bill & Melinda財団の"教育におけるXR"部門でトップ8に、Googleの”遠隔教育のおすすめアプリ”、Appleの"ARでの学び”,"教育者のための遠隔教育のアプリ”に選ばれるなど、世界的な注目を集めています。

Lyfta

企業概要

Lyftaは、360度の映像コンテンツを通して、世界の人々の生活についての理解を助けるサービスを制作している会社です。
詳しくは前回の記事を参照してください。

プロジェクト概要

Lyftaは、サービスの次のバージョンを共同開発することと、生徒のグループワークでのサービス使用に関するフィードバックを集め、実際の教育方法において使いやすいものに改善することを目的とした試験的な運用を行いました。

プロジェクトの流れ

2018年の秋学期に、教師と生徒向けのオリエンテーションワークショップが開かれました。プランニングと評価に40時間を費やすなど、入念に準備されたワークショップでしたが、サービス自体の機能が学校での利用には不十分だったことが原因で、導入当初はLyftaの満足のいく結果にはなりませんでした。
しかし、それが結果的にはプラスに働いたようです。企業側の開発者と学校側の教師間での話し合いが活発になり、協力が進んだことに加え、サービスを企業側の補助なしで教師だけでも使えるようにするための改善点についての議論も活発に行われました。

試験的導入の間、企業側は教師や生徒と直接会話をしたことで、企業の製品開発の助けとなるようなフィードバックや観察の結果が収集され、それを元にした改善が行われました。最も大きな変化が起きたのは、サービスのセールスの仕方です。360度のVRという内容を強調するのではなく、世界についての視点を養い感情のスキルを育てられるという点を強調するように改善が加えられました。

Lyftaはその後、ガーディアン紙やBBCに取り上げられ、フィンランド、イギリス、アメリカ、カナダの世界4ヵ国10万人以上に利用されるなど注目を集めています。

Smart Learning Environments for the futureが抱える課題は?

Smart Learning Environments for the futureが抱える課題は大きく分けて2点挙げられます。
まず、Challenge-based モデルでは、試験的な導入の開始時期や期間が定められており、フレキシブルさに欠ける点があります。開始時期や期間が定められているからこそ、簡単に初期段階での実験が実現できている一方、実験期間が十分に取れず、企業側が期待していた結果を得られない場合もあります。例えば、2018年の秋学期に試験的導入を開始したCoReorientという企業は、教師の協力体制には満足を示す一方で、試験期間の短さを不満に感じていたようです。
2点目に、プロジェクト期間の終了後には、ファンドが得られなくなる点です。これまで、ERDF(ヨーロッパ地域開発基金)から538万ユーロもの資金が投入されていましたが、Smart Learning Environments for the futureの実施期間は2020年4月30日に終了します。 以前の記事でご紹介したKYKYはプラットフォーム型であり、一度プラットフォームが完成すると学校と企業間でのやりとりはプラットフォームを通じて直接行われますが、Smart Learning Environments for the futureはマッチングサービス型であり、学校と企業の連携には市プロジェクト担当職員の仲介が不可欠な仕組みになっていました。そのため、今後資金源がなくなった際に、どのように共同開発・試験的実験が存続していくのか、注視する必要があります。

最近の記事

中国オンライン職業教育の見取り図と時価総額2位の中国EdTech企業のヒミツ|中国EdTech#47

オンライン職業教育という言葉はほぼ全ての日本人にとって聞き馴染みがないかもしれません。今回解説するこの分野は、日本でいうところの資格学校のオンライン版とほとんど意味が同じです。中国においてオンライン職…

2020.10.02

スタンフォード大学でのEdTech開発動向|大学とEdTech#3

「大学とEdTech」と題したこのシリーズでは、海外の大学が EdTechサービスの開発やスタートアップの育成にどのような役割を果たしているのか紹介しています。 第3回の今回は、アメリカのスタンフォー…

中国教育ニュース通信2020年9月号|中国EdTech#46

今回は、9月までの中国の教育関連のニュースをまとめてお伝えしていきます。今回の注目のトピックは、アプリ規制や生徒の保護に関わる政策に関するニュースです。 引用元は、芥末堆というニュースメディアの週ごと…

LINE