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スタンフォード大学でのEdTech開発動向|大学とEdTech#3

「大学とEdTech」と題したこのシリーズでは、海外の大学が EdTechサービスの開発やスタートアップの育成にどのような役割を果たしているのか紹介しています。
第3回の今回は、アメリカのスタンフォード大学における取り組みを紹介していきます。

今回扱うトピック

  • 前提:スタンフォード大学の概要
  • 教育の側面での取り組み
  • 研究開発の側面での取り組み
  • アクセラレーター・投資の取り組み
  • その他特筆すべき取り組み
  • まとめ

前提:スタンフォード大学の概要

スタンフォード大学(Stanford University)は、アメリカのカリフォルニア州スタンフォードに本部を置く私立大学です。


出典: https://www.stanford.edu/

大学スポーツの強豪校としても知られていますが、最も有名なのはシリコンバレーの中心としての役割でしょう。1920年代以降、半導体・コンピュータ系の企業の勃興を契機としてこの地に発達した、シリコンバレーと呼ばれるイノベーションエコシステムにおいて、スタンフィード大学は重要な役割を果たしたとされています。在学中に出会った2人の学生が教授の支援を受けて起業したヒューレット・パッカード社はその象徴的な存在です。
その後はITスタートアップの聖地として反映するこのエリアで、スタンフォード大学は多くの起業家を生み出してきました。卒業生が創業した企業はヤフー、マイクロソフト、Googleやネットフリックスなどインターネット業界を牽引する世界的な会社ばかりです。卒業生を対象とするアクセラレラレーターであるStartXは、大学アクセラレーターとして業界をリードする存在です。

以下では、そんなスタンフォード大学におけるEdTech開発の動向について、教育・研究開発・起業支援・その他の4ポイントに着目して紹介します。

教育の側面での取り組み

学位プログラム

スタンフォードでEdTechに関連する学位プログラムとしては、Graduate School of Education(教育大学院、以下GSE)のものが挙げられます。

修士課程ではLearning, Design and Technology (LDT)というプログラムが開設されています。生徒の学習、教師の実践やゲーミフィケーションなど多様な分野をカバーする教授陣がたちによる教育を提供するこのプログラムでは、授業の他にインターンの機会もあり、EdTechサービスのプロトタイプを制作するプロジェクトも課されています。

博士課程では、同様の分野でLearning Sciences and Technology Design(LSTD)というプログラムが開かれています。上記のLDTプログラムとの兼任教員が複数いることからもその関連度の高さが窺えますが、こちらはよりデジタルメディアやデザイン、CG制作などの技術を含めた複数分野の掛け合わせが念頭に置かれているようです。

このGSEからは実際にEdTechスタートアップも生まれています。Kidaptiveという学習管理プラットフォームを提供するスタートアップは、GSE在学中に出会った共同創業者らが始めたプロジェクトであり、GSEのDean(日本で言うところの研究科長)と名誉教授がボードメンバーに名を連ねていることから、GSEでの教育が大きな影響を与えたことが推測できます。

また、教育業界に特化しているわけではないものの、スタートアップに関心を持つ人材が多いと思われるのがビジネススクールです。ハーバード大学の記事でもビジネススクールには触れましたが、こちらのGraduate School of Business(ビジネススクール、以下GSB)も国際的に高い評価を得ていることで知られています。スタンフォードではジョイントディグリー(共同学位)という、2つのプログラムの学位要件を満たした場合に2つの学位を同時に取得できる制度があります。MBAに合わせて、6つの学問領域のうち1つの学位を組み合わせることが認められており、その中には教育も含まれています。

授業

GSEとGSB、上記2つの大学院でEdTechに関連する授業が開講されています。

例えばGSEで開講されている”Entrepreneurship and Innovation in Education Technology Seminar” という授業は、EdTechスタートアップが成功するためのスキルや戦略について、EdTech業界の起業家をゲストに招きながら学ぶというものです。担当教員であるSergio MonsalveはVCでパートナーを務めるEdTech分野の経験豊富な投資家で、GSEでEntrepreneurs in Residenceという起業ブートキャンプのようなプログラムも企画しています。

GSBからは、Entrepreneurial Approaches to Education Reformというコースが開講されています。アメリカの公教育の格差問題に焦点を当て、教育へのアクセスの機会均等を達成するためにスタートアップには何ができるかを考える授業です。EdTech分野の起業家としてのノウハウを扱ったGSEの授業とは異なり、一歩引いた視点から課題解決の文脈でEdTechスタートアップシーンを捉えようとしているようです。担当教員であるGloria Chie Leeはコンサルタントを経て複数のチャータースクール(民営学校)の運営に携わり、教育格差の問題に取り組み続けてきた人物です。

起業支援・起業家教育

起業家教育については、GSBに限らずSchool of Engineering(GSE)でも提供されています。その中心となっているのがStanford Technology Ventures Program(STVP)です。この組織では、ベンチャーの創出や起業家の育成に関する研究やGSBへの授業の展開も行う一方、現役学生向けの教育プログラムも提供しています。4種類のプログラムはそれぞれ、あらゆる専攻の学生を12人選んで技術ベンチャー設立の知識やインターンの機会を提供するMayfield Fellows、GSEの修士課程学生12人を対象にしたThreshold Venture Fellows、学年を問わず24人の学生が実際のベンチャーCEOとチームを組んでケースに取り組むAccel Leadership Program、デューク大学、セントトーマス大学、ノースカロライナ大学と共同開発されたイノベーションに伴う応用的な倫理課題に取り組むPEAK Fellowsです。PEAK Fellows以外のプログラムは全て連携するVCの名を冠しています。
一般的な起業家教育の機会を幅広く提供する大学が多い中で、選抜度の高いプログラムや倫理課題に目を向けた特殊なコンテンツを提供している点で独自性が高いと言えそうです。


出典:STVP公式Instagram

教育面での特徴をまとめると、学位プログラム・授業ともにGSEとGSBにEdTechに関する機会があり、構造としては接続されている他、工学部では起業プログラムも実施されていることがわかっています。

研究開発の側面での取り組み

GSE

GSEでは教育に加えて、テーマごとに分けられたセンターという組織で研究活動が行われています。EdTechに最も強く関連するのは、学習科学に特化したセンターであるAAALab(Awesomely Adaptive and Advanced Learning and Behavior Lab)です。ディレクターを務めるDaniel ShwartzはSTEM教育の領域の第一人者として知られ、子供たちの学習を助けるアプリケーションの開発が進められています。
また、GSEの他のセンターでは教育方法の実践や教員の能力開発、教育政策の分析などの研究が進められています。その中でh-starという組織は人間科学・技術に関する研究で異分野融合を促進しており、GSEの研究を学内の異分野と融合させる他、mediaxという枠組みではデジタルメディアについての民間企業との共同研究が推進されています。

研究イニシアチブ

もう一つの特徴は、学部や研究科を横断して結成される研究イニシアチブです。社会課題を起点とし、異分野の研究や民間企業・学校との連携を前提とした研究プロジェクトの組成を大学が進めていることが見て取れます。

その中でEdTechに関するものとして、TELOSというイニシアチブがあります。正式名称を “Technology for Equity in Learning Opportunities” というこの組織は、卒業生であるKen Olivier・Angela Nomelliniの寄付金を原資に2016年に設立され、学習科学や実践開発に携わる研究者たちで構成されています。
その名の通り教育格差という課題に対してテクノロジーを活用して解決策を見出そうという目標を掲げており、この目標のもとで6つの重点分野を設定し、各分野で社会問題とテクノロジーを結びつけるプロジェクトを数多く実施しています。プロジェクトは実際にプロダクトを開発するというよりも、解決すべき課題自体の内容と、それに適した技術ソリューションを試す段階のものが多い印象です。


出典:筆写作成

また、TELOSとは別に大学公募でこのコロナ禍に対応したイニシアチブも作られています。その中のTransforming Learningというプロジェクトでは、コロナショックで影響を受けたK-12分野に関する研究を支援するファンディングが企画されています。分野横断的な研究者のチームに対して最大7500ドルを支援する他、提携先となる学校との接続もサポートするとしています。

スタンフォードにおける研究の特徴としては、技術そのものの開発よりも、社会問題への実装に重きを置いて、応用先の課題や有効な方法の特定を重視する傾向が見受けられます。

アクセラレーター・VCの取り組み

StartX

スタンフォード大学のアクセラレーターと言えば、冒頭でも述べた通りStartXが有名です。スタンフォード出身者を含む起業家チームを対象に、大学の持つコミュニティやオフィススペース、投資家とのネットワークや起業家教育コンテンツなどを提供するこのモデルは、世界中の大学や企業が参考にしてきたものです。加えて、プログラムを卒業した企業に対しては非営利で出資も行ってきました。
2011年の設立以降、大学が備えるアクセラレーターとしては世界有数の知名度を誇り、民間企業の運営が多くを占めるアクセラレーター業界の中でも存在感を示しています。実際にSeed Accelerator Ranking Projectによる格付けでは、世界で最初のアクセラレーターであるY Combinatorや、参加したスタートアップの調達額中央値でY Combinatorを上回るとされるAngelPadと並んで最高の評価を2018・19年と連続で受けています。2013年には出資ファンドが設立され、近年では医療領域に特化したStartX Medプログラムが始まるなど進化を続けてきました。

StartX出身のEdTech企業としては、学習管理プラットフォームのKidaptive(シリーズBラウンドで出資)、企業の従業員向けトレーニングの集約ツールを提供するEdcast(シリーズA、Bで出資)などが成長を遂げています。また、特別なプログラムが必要な背景を持つ生徒を対象としたEdTechツールを開発するsamegoalなど今後の成長が見込める企業もあります。

ただ、こうしたStartXの活動は、今転換点に差し掛かっているようです。2018年頃からFortune500企業(米国企業の総収入上位500社)を対象に企業社員向けプログラムを開始するなど、新たな方向の事業を開拓している様子が伺えます。また、2019年にはファンドの機能を終了させました。その理由として、公式声明では大学全体の方針の変化が挙げられていますが、契約上の利益相反問題から投資先企業との訴訟問題が発生したことが影響しているとも言われています。

資金調達の新たなムーブメント

StartXがファンドを閉じ方向性を変えつつある中、資金調達方法の新たな潮流が学生の間から生まれてきているようです。

GSBの学生を中心に設立されたStanford 2020 Investment Clubは、大学院生限定の投資クラブです。最低3000ドルの入会金を支払うことで参加でき、同級生が将来的に起業した際、その原資から出資して得られた利益を会員間で配分するという枠組みです。

投資対象の起業家を起業する前から友人として知っているため、出資の前提となる信頼関係がすでに構築されているという点で一般的なVCや投資家より優位である一方、エクイティの比率は固定されているため大規模な利益を得ることは難しいとも見られています。
生徒各個人が強い財務基盤を持っているという特殊なコミュニティであるスタンフォードだからこそ成り立つ仕組みかもしれませんが、すでにこのスキームを他大学に波及させる動きも始まっているようです。

投資家・起業家共に数が多く、信頼できるパートナーを見つけるのが難しくなっているというシリコンバレーの課題を解決する新たな一手となるか、注目する価値がありそうです。

特筆すべき組織・取り組み

スタンフォードの特徴的な取り組みとして、ここではSchool of Medicine(医学部)の取り組みをご紹介します。

授業のオンラインプラットフォームやデジタル教材を開発する専門のチームですが、実はGoogleの検索窓に「Stanford EdTech」と入力して一番上に出てくるのがこの医学部のチームなのです。ITを活用した教育や学習を推進するため、学生の相談に乗ったり、教員の教材作成を補助したりといった活動を行なっています。
過去(2018)年にはEdTechツール・サービスを募るコンテストを開催しており、より複雑で適切な試験を行うための学生の理解度評価ツールや、患者のケアや災害のシミュレーションにVR技術を応用するプロダクトが資金を獲得していたようです。

また、教育の面では救急医療部門にMedical Humanitiesというセクションが設置されており、上記のような医療及び医学教育にテクノロジーを導入するプログラムを提供しています。カリキュラムには政治経済や異文化、映像制作や文学などが含まれている他、VR診療の専門家、映画監督、脚本家など教材開発に必要な専門性・スキルを持った人材が医学という領域の枠を超えて集まっていることがわかります。


映像教材を制作している様子。
出典:Stanford Emergency Medicine公式Instagram

まとめ

スタンフォード大学のEdTech開発関連動向について改めてまとめると、教育面ではEdTech関連の内容は主にビジネススクール(GSB)と教育大学院(GSE)、起業家教育はさらに工学部が中心的な役割を果たしているようです。研究や開発の点では、GSEが学習科学の研究を進め、さらに異分野との融合も促しています。


スタンフォード大学のEdTech開発関連機能と提供主体の整理。
出典:筆者作成

こうした分野横断的な取り組みは共同研究イニシアチブとしても見られますが、その特徴として社会問題への技術応用を前提としていることが挙げられます。
この、社会問題を起点とした研究活動は、その多くがまだプロダクト開発や事業化の段階には至っていません。すでに複数のEdTechスタートアップが大学から生まれており、StartXをはじめとするノウハウの蓄積も想定されることから、こうした研究プロジェクトを事業へと転換する活動が進めば、さらなる活性化が期待できると考えられます。
そのためには、事業創造に長けた人材が教育課題に関心を抱くことが必要です。その人材供給ではGSBに期待がかかりますが、コミュニティ内でEdTech領域の存在感はまだまだ大きくないようで、この点へのアプローチが今後の鍵になっていくのではないでしょうか。

参考文献

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