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アリゾナ州立大学でのEdTech開発動向 - 大学とEdTech #2

イントロダクション

「大学とEdTech」と題したこのシリーズでは、海外の大学が EdTechサービスの開発やスタートアップの育成にどのような役割を果たしているのか紹介しています。
第1回のハーバード大学の事例に続き、第2回の今回は、アメリカのアリゾナ州立大学における取り組みを紹介していきます。

今回扱うトピック

・前提:アリゾナ州立大学の概要
・教育の側面での取り組み
・研究開発の側面での取り組み
・アクセラレーター・投資の取り組み
・その他特筆すべき取り組み
・まとめ

前提:アリゾナ州立大学の概要

アリゾナ州立大学(Arizona State University、以下ASU)は、アメリカのアリゾナ州フェニックスを拠点とする大学です。5つのキャンパスに5万人以上の学生を抱える規模は全米でも有数とされ、政治家や実業家、俳優やスポーツ選手、デザイナーなど多様な学生を輩出してきました。国際的には名門公立大学として評価され各種ランキングで上位につけており、U.S. World News & World Reportの大学ランキングではthe most innovative universityの分野でMITなど名だたる大学を抑えて2016年から5年連続で全米トップの評価を受けています。これは学長・学部長など全米の大学関係者がカリキュラムや設備などの観点から下した評価に基づいたものであり、その卓越性が広く認知されていることがわかります。

以下では、そんなASUにおけるEdTech開発の動向について、教育・研究開発・アクセラレーターとVC・その他の4ポイントに着目して紹介します

教育の側面での取り組み

ASUで提供されている教育のうちEdTechサービスの開発に関するものを紹介していきます。

学位プログラム

まず挙げられるのは、Mary Lou Fulton Teachers Collegeのプログラムです。教員養成部門(Division of Teacher Preparation)と教育リーダシップ・イノベーション部門(Division of educational Leadership and Innovation)の2つの部局が学部・修士課程・博士課程それぞれに学位プログラムを提供しています。中でも教育リーダシップ・イノベーション部門ではEducational Technology, MEdとLearning, Literacies and Technologies, PhDの2つの学位プログラムがEdTech分野に関係の深い教育を行っているようです。前者は学習システムのデザインや評価、その下地となる学習理論やテクノロジー活用のトレンドなどを学べるオンラインのプログラムです。

アントレプレナーシップ教育

続いて、学生へのアントレプレナーシップ(起業家精神)教育について紹介します。ASUでは、Entrepreneurship + Innovationという組織によって学生向けの多種多様な起業支援・アントレプレナーシップ教育プログラムが設置されています。中でももっとも間口が広いと思われるのが、Venture Devilsです。

Venture Devilsは、学生・教職員・卒業生などASU関係者を対象にした起業支援プログラムです。プログラムを通じてスタートアップのノウハウやピッチのスキルなどを習得することができ、プログラムの最後に開催されるデモデイでは、良い評価を得られれば資金獲得のチャンスも用意されています。主な対象はこれからプロジェクトを始めようとする段階のチームであり、参加者は実際にビジネスを構想し資金獲得を目指すことで、アクセラレーターのプロセスを体験することができます。ちなみに、プログラムの名称はASUの学生がSun Devilsと呼ばれることに由来しています。

これ以外にも、ASUでは非常に多くのプログラムが用意されています。さらにひとつひとつのプログラムそれぞれにテーマが定められていることも特徴的です。
例えば、ASU Innovation Openはハードウェア系のプロジェクト向けに開かれたコンテストですが、ASU以外にも全米の大学から応募を受け付けています。他には周辺の地域コミュニティ開発を志向するもの、ジャーナリズムの領域に特化したものなども運営されているようです。
また、こうしたプロジェクトへのリソース支援も充実しています。ピッチコンテストはビジネスアイデアの時点で応募できるもの、スタートアップを始めるチームのためのもの、既存のビジネスをさらに発展させるためのものに別れており、多様なレベルの学生を受け入れています。さらに、学生をメンターと接続する制度や、3Dプリンターなどの工具を備えたハードウェア開発用のスペースも数多く、非常に魅力的な環境が整備されています。

研究開発の側面での取り組み

続いて、ASUで行われている研究開発プロジェクトの中からEdTechサービスの開発に関連するものを紹介していきます。

Teachers Collegeでの研究開発

先ほど教育プログラムをご紹介したMary Lou Fulton Teachers Collegeでは、同時に研究プロジェクトも行われています。

Learning and Cognition Labでは、学習者の問題解決に関する理論(自己説明)を生み出したことで有名な、認知科学・学習科学研究者のMichelene Chi教授の指導のもと、認知科学をベースにカリキュラムや授業実践の評価、STEM教育コンテンツの効果測定などのプロジェクトを進めています。

また、同じくTeachers Collegeの下部組織であるLearning Science Instituteでは、Advanced Distributed Learning Partnership Labが設置されており、米国政府による遠隔学習システム関連の研究プロジェクトを実施しています。所属研究者は工学系など複数の部局から参加しており、学際的なチームが構成されています。この研究所の所長を務めるIan Douglasは、豊富な教育経験や初期MOOCの開発実績などを持ち、EdTechのユーザー体験とオンライン教育の専門家として有名な人物です。

Institute for the Future of Innovation in Societyでの研究開発

別の組織としては、Institute for the Future of Innovation in Societyという研究所でも関連した研究が行われています。この研究所は将来の社会イノベーションに関する教育と研究をミッションに掲げており、エネルギー、国際開発、スマートシティなどのテーマごとに設置された研究センターが研究プロジェクトを推進しています。

そのひとつであるCenter for Innovation in Informal STEM Learningでは、美術館や図書館などの機関と連携しながら、学校外でのインフォーマル教育を通じたSTEM関連領域の教育コンテンツを開発しています。

Frankenstein200というコンテンツは、200年前に出版された小説「フランケンシュタイン」を題材にした学習キットです。人工知能や遺伝子工学など物語に出てくる技術を出発点に、科学技術にまつわる責任について理解したり、批判的思考力を養うことができるとされています。形態としては子供向けの工作キット・ガイドのほか、オンラインゲームが提供されています。アメリカ国立科学財団の助成金を得て開発されたこのキットは、現在全米の50以上の公共図書館で利用されています。


Frankenstein200のオンラインゲーム版プロモーション画像より。

EdPlusでの研究開発

もうひとつ、Edplusという組織でもEdTech関連の取り組みが行われています。この組織は学内で活用するためのデジタル教育コンテンツおよびサービスを設計・開発する部門です。開発したコンテンツは外部の教育組織に販売する取り組みも行っています。
公式Webサイトではいくつかのサービスが紹介されていますが、ここではme3というサービスを紹介します。

me3は、学生が自分の専攻分野やキャリアを選択するのを補助するために開発されたアプリです。画像付きの質問に答えていくことでユーザーの興味や情熱を把握し、その結果に基づく専攻やキャリアのリストを提示してくれるという形式のようです。

EduPlusでは、これ以外にも医学生向けのバーチャル体内模型などの開発も行われています。

アクセラレーター・VCの取り組み

続いて、ASUにおけるアクセラレーターやVC機能についてご紹介します。

ScaleU

ScaleUは高等教育段階のEdTechに特化したアクセラレーターです。高等教育市場を狙ってプロダクトを開発している外部のスタートアップに対し、ASUをパイロット(実証実験)の場として提供するというプログラムを提供しています。大学のアクセラレーターは一般的に自大学出身者のチームの育成を対象にしており、受け入れる事業領域も幅広いのに比べると、ユニークな取り組みと言えます。

運営にはASUに加え、GSV Ventures・Draper Associates・LearnLaunchという3つのVCが参加しており、いずれもシードステージもしくは教育関連領域に強みを持っています。
これまでには学費計算・給付金情報プラットフォームを提供するCampuslogicやインターンシップのために学生と企業をマッチングするRiipen、文書ファイルをオーディオブックに変換するEX・IQなどがあります。

スタートアップの立場から見て、このプログラムの魅力は3つ挙げられます。1つ目は実施期間がプロダクトに応じて調整可能なこと、2つ目はパートナーの投資家と繋がれること、3つ目は、最終的な投資に結びつかなくてもパイロットを実施することで製品開発に役立つことです。

InvestU

投資の側面からもう1つ、InvestUという取り組みをご紹介します。

ASUとThunderbird School of Global Management(ASUの国際経営大学院)が連携して運営するこのプログラムは、起業したASUの教員や学生と大学が公式に認定した投資家とを結びつけるためのものです。応募者はベンチャー諮問委員会によってスクリーニングされたのち、Startup Pitch Dayというイベントでのピッチを通じて投資家と繋がり、投資やメンタリングなどのサポートを受けることができます。選考を担当するベンチャー諮問委員会には、ベンチャーキャピタルのパートナーや投資銀行担当者のほか多くの起業家が名を連ねており、教育関連分野では国際的なLMSプラットフォームBlackboardの共同創設者Matt Pittinskyが参加しています。

Skysong Innovations

こうしたイノベーション創出活動の中心になっているのが、Skysong Innovationという組織です。ASUから独立した企業体という体裁を取っていますが、ASUの研究から生まれた知的財産を管理し、技術移転を行う機能を果たしている部署です。活動を開始した2003年から累計140社以上の大学発ベンチャーの立ち上げを支援してきた実績を持っています。また、教職員・ポスドク向けの起業支援や学生へのアントレプレナーシップ教育については学内の他の機関と連携した取り組みも数多く行っており、イノベーション創出に関する取り組みにおいては学内で大きな存在感を放っています。上述のEdPlusも、このSkysong Innovationの下部組織の1つです。


Skysong Innovationsのオフィスがある Skysong Innovation Centerの外観。連携企業との共同オフィスや専用の研究所、集合住宅などを有する広大な区画。

特筆すべき組織・取り組み

もう1つ、注目すべき取り組みとしてASU GSV Summitを紹介します。

ASU GSVは、カリフォルニア州サンディエゴで行われる、教育や労務に関するテクノロジーやイノベーションをテーマにしたカンファレンスです。その名の通りASUとGSV Venturesによって2010年から毎年開催されており、講演やGSV Cupというスタートアップコンテストなどのプログラムで構成されています。

講演ではこれまで、ビル・ゲイツやバラク・オバマなどの著名人に加え、起業家や研究者、政治家など様々な人物が登壇しています。今年は労働経済学や幼少期の教育投資効果研究で有名なジェームズ・ヘックマンなどの公演が予定されています。

GSV Cupは、教育・労務関連のスタートアップを対象にしたコンテストです。GSV Venturesを筆頭にAndreessen Horowitzなどの投資会社やGoogle Cloudなどのテック企業が審査に当たり、選ばれた200社がASU GSV Summitへの参加権を獲得します。Summitでの最終審査でトップ3に選ばれた企業には、総額25万ドルの賞金が与えられます。

こうした情報から、ASU GSV SummitはEdTechに関するカンファレンスの中でも大規模なものだと考えられます。GSV Venturesは上述のScaleUでもASUと協力しており、ASUが外部のイノベーションコミュニティとも積極的に連携しネットワークを構築していることがわかります。


2019年のASU GSV Summitの一幕。

まとめ

これまで、ASUにおけるEdTechに関連する様々な取り組みを紹介してきました。

総合すると、大学全体としての特徴は①EdTech関連の研究開発プロジェクトが盛んであること②イノベーション創出支援が充実していることの2つが挙げられます。特にイノベーション創出支援については、学生向け教育プログラムの幅広さに加え、ScaleUやASU GSV Summitに見られるように外部主体との積極的な連携も魅力的です。この2つの特徴が今後うまく噛み合えば、研究成果に基づいた有望なEdTechサービスが生まれてくることも期待できます。日本国内での知名度はそこまで高くありませんが、特にEdTech分野ではポテンシャルを秘めた要注目の大学といえそうです。

参考

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