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中国教育産業を取り巻く政策 中編(素質教育) - 中国EdTech#28

はじめに

前回の記事から、中国の教育産業を取り巻く政策について、前・中・後編の3回に渡って概観しています。
全3回で扱うトピックは以下の4つです。EdTechサービスの成長に寄与した政策は大きく1~3の3つに分類でき、それに規制に関する内容を加え、以下4トピックとしました。

1)AIを中心としたテクノロジーの開発・応用
2)素質教育推進政策
3)反貧困政策
4)EdTechサービスに対する規制

今回は中編として、「素質教育推進政策」について見ていきます。


素質教育推進政策

応試教育から素質教育への転換

近年の中国の教育政策の重要な潮流の一つに、「応試教育から素質教育」への転換があります。これまでスタンダードであった応試教育(受験対策のための教育)から素質教育(人間性などを育てる教育)へと、教育の焦点が移りつつあるのです。
この変化の元になっている、近年の中国政府による教育政策を見てみましょう。

中国では、日本をも凌ぐと言われる学歴社会が形成されており、大学受験をはじめとした各種受験の結果が就職や収入、所属する社会階層など個人の人生に重大な影響を及ぼします。特に文化大革命以降には受験競争が激しさを増していきました。
やがてこれが社会問題化し、1990年代には中国の教育界や教育関係者の間で学校教育の果たす役割を見直すべきという考えが広まりました。中国政府発表の「中国教育改革と発展綱要」(1993年2月13日)では、「思想・道徳や文化・科学、労働技能および身体・心理の素質」を高める必要性が強調されました。続いて2000年代に入ると、「基礎教育課程改革要綱(試行)」(2001年6月)、「新教育課程標準(新しい学習指導要領)」(2005年9月)が相次いで発表され、応試教育から素質教育へと政府はカリキュラムの方向性を転換しました。それに伴って、中国では素質教育を重視する価値観が徐々に広まっています。

参考:中国の「素質教育」についての検討https://tokyo-metro-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=931&file_id=18&file_no=1


大学入試制度改革

上記のような素質教育重視への転換の潮流の中で、2014年に大学入試(高考)改革政策が打ち出され、試験内容の見直しや学生の評価基準の改革が呼びかけられました。
加えて、2014 年には以下の5つの意見が発布され、大学入試制度改革の方向性と2020年までの目標が具体的に示されました。

  1. 「国务院关于深化考试招生制度改革的实施意见」(生徒募集入試制度改革の深化に関する意見)
  2. 「关于进一步减少和规范高考加分项目和分值的意见」(大学入試の追加得点項目及び分値の減少の促進に関する意見)
  3. 「关于进一步完善和规范高校自主招生试点工作的意见」 (学生募集に関して大学の自主権の改善及び規範化に関する意見)
  4. 「关于普通通高中学业水平考试的实施意见」(普通高等学校の学力試験の実施に関する意見)
  5. 「关于加强和改进普通高中学生综合素质评价的意见」(普通高等学校学生総合素質評価の改善及び強化に関する意見)

これらの政策の中で示された改革と2020年までの目標の内容は以下の5点にまとめられます。

  1. 暗記重視から知識運用、問題解決重視への転換
    大学入試試験内容は暗記重視から知識運用、問題解決重視に転換する
  2. 多元的な評価方法の導入
    学生募集は全国統一の入学試験だけによらず、高校段階での「学力考察試験」や「学生綜合素質評価」等を加えて、他の多元的な評価方法を検討する
  3. 高校の定期試験の成績評価を考慮
    高校段階での「学力考察試験」を評価方法に加える
  4. 「学生総合素質評価」の導入
    学生の高校段階におけるすべての活動や成績を記録し、公正・公平性を確保しながら、学生の社会的責任感、イノベーション精神、実践能力を養成する
  5. 加点措置の廃止
    これまで実施されてきた、特長ある学生への得点の上乗せを廃止する(すなわち、アファーマティブアクションの廃止)。特殊な出自をもつ学生、 例えば少数民族や台湾籍学生には得点上乗せ制度を留保しているが、その他の上乗せできる項目を大幅に減らし、点数増加のための不正行為を厳禁する

思考力重視の試験にするためには記述問題を導入する必要があります。現在日本でも採点の公平性の是非が活発に議論されていますが、中国では採点の公平性担保のために、主に高校の教師が採点官を務め、一つの答案に二人が採点し、原則その平均値が得点となる仕組みが導入されているようです。

参考:中国中央政府の教育政策動向に関する考察http://iccs.aichi-u.ac.jp/archives/report/052/573be13fe37c0.pdf

入試改革によって生まれたEdTechサービス

入試改革に対応するように、新たなEdTechサービスが開発・展開されています。以下では、語文・英語の2科目について具体例をご紹介します。

語文(国語)分野

この入試改革で語文科目(日本の国語に相当)の問題の文章量が増えるなど、入試問題にも変化が起きています。これに伴って、新たな国語教育サービスも登場してきています。例えば、北京を拠点に置く大手塾立思辰が2019年9月に改めてリリースした豆神大语言や、2010年から国語教育サービスを展開している悟语学堂があります。両者とも、未就学児〜中学生までを対象に、塾での授業とストリーミング授業を組み合わせた国語専門のサービスで、主に読解力・語彙力・作文能力の強化を目指すものです。

英語分野

2021年以降、中国の大学入試に英語のスピーキング試験導入が検討されています。その影響か、哒哒英语や美联英语など、オンライン英語教育の後発サービスは2019年に1億元超えの大型投資を受け、急速に成長中です。スピーキング対策のためにオンライン英会話サービスの需要は高まるかもしれません。
スピーキングに特化した学習サービスも登場してます。例えばHuaweiは、マイクとカメラを使って生徒の発音と口の動きを認識する発音チェックシステムを開発しています。手本と生徒の二つの発音データを照合して、発音の正確さを確かめられるサービスです。このシステムは、個人の発音矯正学習に留まらず、地方の試験採点システムにも導入されているようです。試験会場では、数万人の学生が同時に試験を受けるため、マイクだけでは正確に音を拾えない可能性あります。そこでこのようにマイクとカメラを組み合わせることで、より正確な音声データの取得と採点が可能になるようです。




素質教育促進政策の実践例

前回の記事でも紹介したように、中央政府の政策は最終的に地方政府の政策に落とし込まれて実施されます。実際に、中央政府が発布した素質教育促進政策に連動して、地方政府レベルでは教育の現場に直接的に変化をもたらすような政策が出されています。地方の事例を通じて、中央政府の政策がどのように具現化されているかを見ていきましょう。

北京市初中开放性科学实践活动管理办法(北京市中学校オープンサイエンス実践活動管理方法)
北京市は「北京市初中开放性科学实践活动管理办法」(2017年)という条例を発布し、中学生が在学中に合計10回のオープンサイエンス実践活動を完了するよう求めました。これを完了すると、高校受験の際に実践活動の成績に基づいて加点される仕組みが取られています。これは、中央政府から発布された一連の大学入試制度改革政策に連動する形で、中等教育機関にもカリキュラムの転換という形で影響を及ぼした例といえるでしょう。

参考:https://toutiao.sanhao.com/news-detail-32200.html

深圳市全民科学素质行动计划纲要实施方案(深圳市全市民化学素質行動計画要綱実施方案)
深圳市は2017年に「深圳市全民科学素质行动计划纲要实施方案(2017—2020年)」を発布し、市内の全小中高校でSTEM(科学、技術、エンジニアリング、数学を組み合わせた複合的な教育)のコースを開設することを決定しました。この法令によって、学校向けに深圳市独自の30以上のSTEMプログラムを開発することが取り決められ、また、企業の援助などにより一部の学校では実験室やメーカーズスペース(ものづくりをするための工房のような空間)が設置されました。この法令は、2016年に中央政府によって発布された「全民科学素质行动计划纲要实施方案(2016—2020年)」(全国民化学素質行動計画要綱実施方案)に呼応するものです。

参考:http://www.sz.gov.cn/zwgk/zfxxgk/zfwj/szfh/content/post_6577482.html

深圳市初中学生综合素质评价方案(深圳市中学生総合素質評価方案)
深圳市初中学生综合素质评价方案(试行)に基づき、深圳市は試験的に「総合素質評価」という素養教育を点数化する基準を策定し、高校入試に導入する準備を進めています。この法令には「総合素質評価が一定の基準に満たない学生は広東省1級学校に出願できない」という規定がありますが、これに反対している保護者もおり、深圳市教育局が今後の対応を検討中です。深圳市内の88の高校のうち、57校が広東省1級学校(重点校のようなもの)に指定されており、もしこのまま法令が実施されれば、受験生への影響は大きいと考えられます。
この法令は、大学入試改革における総合素質評価の導入に影響を受け、発布されました。


出典:深圳修订综评方案,中考同分不比综评

参考:深圳综评方案意见征集结果:重启综评前先开展试点

反貧困

習近平政権は、脱貧困をテーマの一つとして掲げ、都市と農村地域との格差是正を政策的に進めてきました。その中には、テクノロジーの力で教育格差を改善しようという動きもあります。その一例として、双師授業について紹介します。

農村部での双師授業の活用

これまでの記事でも触れてきましたが、双師授業とは、遠隔地の教師がストリーミングで行う映像授業と、現地の教師が教室で行う補助を組み合わせた授業スタイルのことを言います。この形式は中国において、例えば海外在住の英語ネイティブ教師による多人数向け英会話教育(日本の学校のALTのストリーミング版)のような使われ方もしますが、それ以外にも、優秀な教師が少ない農村部で、都市部と同じ高品質の授業を提供するためにも利用されます。田舎に住む生徒でも、都会の優秀な教師の授業をストリーミングで享受できるというわけです。

中国の農村での暮らしは、日本のメディアで目にする、北京や上海の生活とは全く異なります。下の動画は四川省達州の小学校が舞台ですが、農村の子供の多くが、都市で出稼ぎをする両親と離れて、祖父母と共に生活しています(留守児童と言います)。都市部の学校とは違い、農村部では、クラス担任の先生が基本的に全ての授業を行うので、教師の得意不得意に授業の出来も左右されてしまうでしょう。双師授業の拡大は、こうした農村部での教育課題を解決する大きな可能性を秘めているのです。

出典:腾讯视频

その活用の場は、民間セクターに止まらず、公教育にも広がっています。具体的には、教育資源の乏しい公立学校に民間企業が授業パッケージごとサービスを導入するというやり方が見られます。その一例が、小鱼易连の「肩膀计划」というプロジェクトです。もともとストリーミング技術を開発している小鱼易连ですが、農村の小学校に自社のストリーミング技術を活用して双師授業を提供しています。CEOの袁文辉は、2019年には100校への導入を行い、2021年には900校へ拡大したいと語っています。



おわりに

今回は中国素質教育政策を概観しました、次回は教育分野における反貧困政策と、EdTechサービスへの規制について扱います。

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